渋沢栄一翁が揮毫した石碑を見学

2020年末の記事でも渋沢栄一氏に触れましたが、元旦に読んでいた中国新聞の朝刊にて「渋沢と井原の縁脈々 日本の資本主義の父」という記事を見つけました。というのも安倍家の菩提寺である「妙善寺」の名が目に入ったのです。記事によると、渋沢栄一翁の次女琴子をたたえる石碑があり、渋沢栄一翁が「積善多慶」と揮毫したそうです。(系図をまだ完全理解できておらず、読み違えていないか不安…)

物心ついた頃から毎年正月には妙善寺にご挨拶に訪ねており、東京からUターンした後僕も付いていくようになりましたので、新聞記事を持参してお上人さんからお話を伺うと共に石碑を見学してきました。石碑は鐘撞き堂をくぐり左側に行くとありました。
写真:渋沢栄一翁が「積善多慶」と揮毫した妙善寺の石碑

「積善多慶」の文字をアップで撮影してみました。「積善多慶」の意味がまだ完全に理解できていないのですが、善行を積み重ねることは大事なのだろうと考えています。
写真:渋沢栄一翁が「積善多慶」と揮毫した妙善寺の石碑(「積善多慶」の部分をアップで撮影)

石碑のことを調べると「第49巻(DK490083k)本文|デジタル版『渋沢栄一伝記資料』|渋沢栄一|公益財団法人渋沢栄一記念財団」の「余が母 阪谷芳郎著 第五八―五九頁 大正一四年四月刊」に行き着きます。

余か母の米寿記念の為め余は寿碑を備中後月郡芳井町字梁瀬妙善寺の境内に建設せり、妙善寺は余か母の生れたる本山成氏宅の前にあり、題額は積善多慶の四字にて渋沢子爵の書なり、碑文は余之れを撰す

毎年お寺を訪ねていますが、このような歴史を持つ石碑があるとは驚きでした。